2016年01月31日

アルゼンチンタンゴの夕べ


ブエノスアイレスといえば、タンゴ発祥の地としても有名ですね

そんな本場アルゼンチンでタンゴを聞いてみました

タンゴを聞かせてくれるところは、タンゴリエといって、いろいろな場所に点在しています。

でも、どこも夜遅くなるんですよね。

アルゼンチンの食事の時間帯なんかは、スペインととても似ていて、例えば、ランチは 14:00 過ぎてから。
そして、夕食は 21:00 ごろからということで、日本の感覚だとかなり遅くなってます。

南米と一口に言っても、ペルーやエクアドルはそんなことないんですけどね。

で、タンゴも夕食食べ終わってからということなので、大体どこも 22:00 前後から始まって、0:00 前後まで行われます。

今回行ったところは、EL QUERANDI というところ。

ディナーとショーが楽しめます

会場に入ると大きな舞台があってその周りにディナーのセッティングがしてありました。

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ここでは、20:30 からディナーが始まるということで、食事の時間帯は何となくまばら。

で、22:15 から 1 時間半ちょっとのショーが始まります

ショー開始の時間が近づくと、だんだんと雰囲気もそれらしくなってきて...

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やっぱり開始時間よりちょっと遅れて ショーの開始

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ちょっと暗いので、なかなかうまいこと撮れなかったんですが...

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かなり迫力のあるショーです。

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舞台の外でも踊ったりしていましたよ。

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では動画 🎥 でもどうぞ。




もう一発。




はい、そんなわけで本物のタンゴダンスをじっくり見させていただきました

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観光客向けのタンゴショーのところは、結構いい加減のところが多いと聞いていましたが、ここはほんと、しっかりとした本格的なダンスでよかったですよ

またお食事も、こういうところは適当な食事ってのが多いらしいですが、こちらは本格的なお食事でこちらも大満足でした


アルゼンチンのタンゴは...

今から約 130 年前、港町であるボカ地区で生まれたといわれています。

当時、国際貿易で繁栄を極めたブエノスアイレスは、ヨーロッパからの貧しい移民、アフリカからの奴隷た
ち、そして現地の貧しい労働者たちが毎晩のように酒場へ赴き、ある人は故郷を思い出し、ある人は日常のフラストレーションを吐き出すはけ口として踊りだしたのだといわれています。

やがて、その踊りには、黒人系のリズム、ヨーロッパ的なワルツやポルカ、そして現地の音楽が融合した曲が演奏されるようになっていきます。

我々がよく耳にする、または目にするタンゴってのはコンチネンタルタンゴといって、主に 20 世紀のヨーロッパで社交ダンス的な感じではやったものだそうです。

きらびやかなドレスを身にまとった男女が優雅に踊る、人に見せるのが主流であるのに対して、アルゼンチンのタンゴは、サロンタンゴって呼ばれたりして、男女で踊ることは変わりないんですが、特に決められた振り付けもなく、男性のリードで即興で踊る、二人でダンスを作り上げていく...

そういった踊り方なので、上手・優雅というよりも、魂の叫びを感じることができる...

ま、言ってみればアンダルシアのフラメンコのような感じなんでしょうかね。

どおりで、迫力が客席にもビシビシと伝わってきました。



やっぱり本場で聞くのはいいですね


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2016年01月30日

ブエノスアイレスの市内巡り


ブエノスアイレスの、メトロポリタン大聖堂

カトリック信者さんがとっても多いアルゼンチン。

毎年、12/24 から 25 にかけてのクリスマス深夜ミサは、2012 年までは、
ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿によって執り行われていました。

そうです。

現ローマ法王・フランシスコ様なんですよね。

おらが町からローマ法王様が出たということで、一大人気になったこの大聖堂です。

1827 年に完成したネオクラシック様式のこの建物。

五月広場に面して建っているので、なかなか全景を撮るのは難しかったので、それはあきらめて中に入ってみました。

まずは入って振り返ると、立派なパイプオルガン

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そして奥には、

この大聖堂で一番有名な方のお墓は、ホセ・デ・サンマルティン将軍のお墓です。

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サン マルティン将軍は、アルゼンチンをはじめとする南米のさまざまな国で、スペインから独立を勝ち取った国民的英雄なんだそうです。

聖堂内には、その他にもアルゼンチンの独立戦争で活躍した、ホアン・グレゴリオ・デ・ラス・ヘラスやトマス・グイドの 2 人の将軍も眠っています。

祭壇もお見事

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ここに祭られているのは、サンタ・マリア・ブエノアイレ

ブエノスアイレスの名前の由来にもなった守護聖人で、お参りに来る人たちを温かく迎えてくれています。


さて、この大聖堂が建っている五月広場ってのは、1805 年 5 月 25 日、アルゼンチン独立運動である五月革命がおこり、独立宣言が発布された場所で、地元の人たちにとってはとても大事な場所なんですね。

でもよくなんだかんだのデモの場にもなっています。

ここにもたくさん重要な建物がありますが、そのうちの一つの市庁舎もここ。

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さて、ここからちょっと行ったところに、コロン劇場があります。

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イタリアのミラノにあるスカラ座に次ぐ、世界第二位の大きさで、1908 年に完成し、5 月 25 日にこけら落としの公演が行われました。

それ以来、毎年 5 月 25 日がシーズンの幕開けとして大統領もいらっしゃるそうですよ。

イタリアン・ルネサンス様式の劇場内は、2500 席あり、立ち見を入れて約 3000 人、いっぱいいっぱい詰め込むと、4000 人の収容人数を誇ります。

中を見学するツアーもあるということなんで、今度一度入ってみたいですね。

そして最後に訪れたのが、レコレータ墓地

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とっても立派な建物が町のように立ち並んでいます。

150m 四方の墓地には全部で 6400 のお墓があり、
そのうちの 70 のお墓は国の文化財としても指定されています。

歴代大統領 13 人のお墓なんかもあるんですが、この中で一番人気なのは、
エビータさんのお墓

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いつもお花が飾ってありたくさんの人たちが訪問にも来て、観光客も必ず訪れるというこのお墓。

本名は、エヴァ・ペロン ( Maria Eva Duarte de Peron )

で、アルゼンチンの、ホアン・ペロン元大統領夫人です。

1919 年、アルゼンチン郊外に私生児として生まれ、15 歳の時に女優を目指してブエノスアイレスに上京します。

25 歳の時に、当時 49 歳の軍人、ホアン・ペロン大佐と知り合い、その後結婚しました。

27 歳の時にホアン・ペロンが大統領に当選し、ファーストレディーになりました。

その後も、国民の圧倒的支持を得たこのシンデレラストーリーは、ミュージカルや映画にもなりました。

労働者階級の人たちからは絶大な人気を誇り、大統領夫人となってからはその人気はさらに高まり、人気絶頂になか 1952 年、33 歳で癌で倒れてなくなってしまいました。

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今でもたくさんの人たちがお参りに来る、やっぱり人気がある人なんですね


ささっとブエノスアイレスの見どころを見てまわりました


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2016年01月29日

ブエノスアイレスのボカ地区


ブエノスアイレスに到着して...( 長かった...💧

早速市内観光の始まり

ま、今回はビジネスクラスですべて移動させていただいたので、割と身体も楽でしたが、これ、エコノミークラスだったらもっともっと疲れてボロボロになっていたでしょうね。

ありがたやありがたや

まずは空港から市内方面に向かって、ボカ地区から。

ボカ地区といえば、ブエノスアイレスで...いや、アルゼンチンでも名門のサッカーチーム、
ボカ・ジュニアーズの本拠地であるスタジアムの前へ。

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かつて、船乗りの街として栄えたこの地区にあるこのチーム、労働者階級に圧倒的な人気となり、国内リーグでも 25 回、南米クラブチーム No.1 を決めるコパ・リベルタ・ドーレスでも 6 回優勝しているという、名門中の名門チームです。

黄色青色がトレードマークなので、このスタジアムもその 2 色がたくさん使われていて、この町によく合っていますよ。

黄色と青といえば、ちょうど補色の関係で目立っていいんですよね。

さて、このエリアはちょっと物騒なのでバスで通過してと。

この先の観光名所である、カミニート地区へ。

カラフルに塗られた家の壁が特徴的です。

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アルゼンチンタンゴのプレートもありましたよ。

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この角っこの建物は、ま、言ってみれば喫茶店なんですが、2 階のテラスから身体を出している人は、
現ローマ法王のフランシスコ様 だそうです。

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この法王様、アルゼンチンの大聖堂出身なんですよね

なので、いろいろなところでお祝いというか、記念のものがたくさんありました。

さて、その先の旧港へ。

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そうです、「 母を訪ねて三千里 」 ではジェノバからお母さんを訪ねてマルコがこの地にやってきたんです 🚢💨

その港がここ。

今ではもっと大規模な港が郊外にできたそうですが、昔はここがブエノスアイレスの港だったんですよ。

ジャカランダの花も咲いていました。

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さて、もうちょっと来た道を戻って...

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また違うところに移動してみました。

日本の真冬からやってきて、気温 30℃ 前後 💦 といきなり強烈な気温と日差し...

結構、身体にきましたけどまだまだ旅は始まったばかりですね。

約 7 年ぶりのブエノスアイレス、いろいろなことを思い出しながら街を歩き始めました。


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