2016年04月30日

ポツダムの中心地をお散歩


ドイツの旅の最終目的地は、首都ベルリン

その前にそのちょっと手前にあるポツダムへ。

ポツダムといえば、第二次世界大戦後のドイツ戦後処理を巡っての、イギリス・アメリカ・ソ連とのポツダム会談や、日本の無条件降伏のポツダム宣言とかで、戦争の生臭いイメージがありますが、今のポツダムはとってもきれいな街です。

そんなポツダムのブランデンブルグ門から伸びている歩行者通りのブランデンブルガー通り。

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現在はとてもおしゃれなお店が立ち並び、市民のショッピング通りとしてにぎわってるけど、第二次世界大戦のときはほとんど瓦礫の山と化したそうです

もともとは、1735 年にプロイセン王フリードリヒ一世が作った街です。

彼は軍隊をポツダムに移動させ、民家の屋根裏に住まわせました。

というのは、民家の住民に兵士を監視させ、逃亡できないようにすることが目的だったそうです。

現在は湖や川に囲まれて、とっても景色もよく高級住宅が立ち並ぶこの町ですが、昔はその湖や川が天然のお堀の役割をしており、兵士が脱走することが困難だということと、民家の住民に兵士が逃げないよう監視させていたということらしいです。

戦後、東ドイツ時代の 1978 年にこの通りは歩行者天国になって、賑わうようになったそうですよ

その通りの端っこには、ザンクトペーター・ウント・ポール教会があり、そこの隣の駐車場でマーケットが出ていました

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この時季の名物、アスパラガスも売っていましたよ

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ドイツの人たちにとって、アスパラガスは春の訪れを感じる食べ物

日本でいうところのタケノコのようなものなんでしょうね。

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この時期になると街角のいろいろなレストランなんかでも、手書きの看板で、

「 アスパラガスあります 」

「 アスパラガス入荷しました 」

なんて看板をよく目にします。

この時季しか食べられない生のアスパラガス、ぜひドイツ方面に来たら召し上がって春を感じてくださいね

というわけで、この駐車場で、珍しいたばこの自動販売機を発見しました。

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煙草を買うには、ID カードか運転免許証をスロットに通して年齢確認をしてからでないと買えないそうです。

といっても、ドイツでは煙草は 16 歳から吸えるみたいなんですけどね。

昔は全然普通に買えたんですが、最近はこんな風になってるんですね。

ちょっと珍しいので撮ってみました 📷


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2016年04月29日

ツヴィンガー宮殿の絵画館


ドレスデンの観光、クライマックスはホテルの近くでもある、ツヴィンガー宮殿へ。

ツヴィンガーって言うのは、もともと市の城壁を拡張したときに、以前からある古い城壁と、新しい城壁の間にできた空間を意味します。

12 世紀からあるドレスデンの城壁を、15 世紀に拡張したときにできた空間が、現在のツヴィンガー宮殿の中庭になっているところです。

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選帝侯アウグスト強王の時代の 1710 〜 1719 年までの間に、マテウス・ダニエル・ペッペルマンが砂岩で建設したんですが、そのときに参考にしたのが、ウィーンやフィレンツェの宮殿、それにベルサイユ宮殿なんかだそうです。

なんとなく似てるかな?

その中の、今回は 1855 年にオープンした絵画館 ( アルテ・マイスター ) を見学しました

ここには有名な芸術家の絵画がたくさんありますが、まずは入り口近くにあった、クラナッハの絵画。

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『 エデンの園 』 ってタイトルの絵画です。

クラナッハが 58 歳くらいのときの作品だそうで、アダムとイブが禁断のりんごを食べたあと、神様に、
「 楽園から出てけ !! 」 って怒られている場面です。

雲の中に神様、「 ヤハウェ 」、そして動物たちがつがい描かれているのが特徴です。


こちらは、J. E. リオタール作の、『 チョコレートを運ぶメイド 』

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18 世紀に描かれたパステルがで、すごく珍しいものなんだそうですよ

メイドさんが持っているものをよーーーーく見てみると...👀

お盆の上には、ボヘミアンガラスのコップと、マイセン磁器のカップ

そこには当時としてはとっても貴重なチョコレート ( ココア ) が入っています。

チョコレートは貴族でないととても手に入らない代物でしたから、お金持ちのところで働いていたんでしょうね。

この人

そして、この美術館の最大の宝物の絵画

ラファエロの 『 システィーナの聖母 』

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もともとは、ラファエロがローマ教皇ユリウス二世の依頼で、ピアツェンツァのベネディクト会、システィーナ修道院の祭壇画として描いたものです。

その後の 1754 年、ポーランド王でもあり、ザクセン選帝侯でもあったアウグスト三世がこの絵を購入して自身のコレクションに加えました。

このすばらしい絵なんですが、絵画の下の方に描かれている、つまんなさそうにした二人の天使。

こんなの、どこかで見たことあるんですよね。

ちょっとゆっくりと調べて...いや、思い出してみよう。


でも、やっぱり日本人に人気があるのはこの人ですね。

フェルメール

ここには 2 枚の絵画があります。

まずは、『 娼家にて ( 取持ち女 )』

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フェルメール 24 歳頃と言うことで、初期の作品です。

フェルメールファンの方々には、あれ? って思えるようなタッチかもしれませんが、署名や年記もはいっているので、専門家でも意見が分かれるところなんだそうです。

ま、年記がはいった作品はわずか 3 点だけで、この作品はその最初のものなんだそうです。

ではもう一つフェルメール。

こちらは、いかにもフェルメールらしいですね。

『 窓辺で手紙を読む少女 』

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さっきの絵のちょっと後に書かれたらしいんですが、ほんと、ザ・フェルメールって感じの絵です

というわけで、じっくりと観賞した後、宮殿をでました。

出たのは、マイセンの鐘がある門からです。

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いや〜

じっくりと見られるのはいいですね


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2016年04月28日

戦後復興したドレスデン歴史地区


マイセンからドレスデンに戻ってきて、この日の観光は歴史地区へ。

ドレスデンの町は、16 世紀にはザクセンの都として栄え、百塔の町とも言われたこの町ですが、第二次世界大戦で、こっぴどく爆撃されてしまいました

市内中心部はほとんど瓦礫と化してしまったのですが、その後、住民たちの手で復活させ、現在もなお進化している町です。

この日の見学は、前日の夕食後、ぶらぶらお散歩して夜景を撮った場所なんですが、もう一度昼間の景色を。

いろいろとコメントを書き加えながら書いていきますよ

まずはホテルの入り口出てすぐのところにある、ゼンパーオペラ

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ザクセン州のオペラ座、これを建築家の名前をとって、ゼンパー・オペラと言っています。

この建物は、1838 〜 1841 年にかけて、新古典主義の建築家ゴットフリート・ゼンパーの設計により建設されました。

その後、1869 年に火災にあってこの建物も焼けてしまったのですが、その後、前の建物を上回るほど素晴らしい建物にしようと、ゼンパーは同じく建築家の道を歩んでいた息子と共に、8 年かけて作り直しました。

そして第二次世界大戦。

こちらも戦争の時に壊れてしまったのですが、元通り復元するまでに、なんと 40 年もかかったそうですよ。

旧東ドイツ時代では、ドレスデン国立歌劇場と呼ばれていたそうですが、現在は、ザクセン州の管理になっています。

この劇場ではワーグナーが 1843 〜 1849 年まで指揮者を務めており、『 タンホイザー 』 などの初演の地としても知られています。


続いて、こちらは大聖堂

前日と同じような場所から撮ってみました

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このあたりも戦争でやられてしまった後、瓦礫を集めて元通り復元したそうです。

エルベ川に架かる橋。

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いい雰囲気ですよね

こちらは有名なフラウエン教会

正式名称は、聖母マリア-ウンゼレ・リーベ・フラウ

聖母マリアにささげた教会です。

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これ、18 世紀の始めにそれまであった、古いゴシックの教会を取り壊し、建築家のゲオルゲ・ベールに新しい教会を建てさせました。

1726 年 8 月 26 日に工事が始まり、17 年かけて完成しました。

ところが、その後悲劇が訪れます

1945 年 2 月 15 日、ドレスデン大空襲のとき。

教会は、何とか爆弾に持ちこたえたのですが、周りや教会に落ちた爆弾の熱により、内部が高温になって、2 日後の朝に天井から崩壊してしまいました

ドレスデンの市民たちはどれほど悲しんだんでしょうね

1990 年 2 月 13 日
市民運動団体が、「 ドレスデンからの呼びかけ 」 として、フラウエン教会の再建を呼びかけました。

この運動は大きな反響を呼び、多数の個人や民間団体からの寄付で、元通りに再建することとなりました。

もともとあった、ゲオルゲ・ベールの設計図に従い、瓦礫を組み合わせて、また、足りない部分は、古いオリジナルの石材を用いて21 世紀の最先端の技術を駆使して、2005 年 10 月 30 日、10 年の歳月をかけて元通り再建されました。

色が変わっているところは、崩壊した瓦礫そのものを使っているからです。

なお、復元に当たって、国内外の 100,000 上の協力者、団体からの寄付、フラウエン教会グッズ ( 教会の壊れた破片を埋め込んだ腕時計など ) の売り上げなど、さまざまな形で、皆さんが一丸となって、協力したそうです。

僕もわずかながら、協力させていただきました...

どんどん旧市街を歩いていって...

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そしてこちらは、戦火から免れた、マイセン磁器の絵画、「 君主の行列 」 です。

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102m の長さがあるこの作品は、1907 年に 25,000 枚のマイセン磁器のタイルをはめ込んで作られたもの。

代々のザクセン選帝侯や、国王などの物語のようなものがたくさん描かれています。

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そんなこんなで、ドレスデンの主な見所、ほとんどホテルも周りに集中していましたが、ぶらりと散歩が寺見て見ました。

このあとは、ツヴィンガー宮殿内にある、絵画館に行きました。


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