2018年12月19日

第12代皇帝カイディン帝陵


続いて行ったのは、カイディン帝陵です

先ほどのミンマン帝陵から車で 10 分ほど。

カイディン ( 啓定 ) 帝は、1916 〜 1925 年の阮朝第 12代皇帝です。

先代の皇帝がフランスを排除しようとしたため、フランスの後ろ盾によって即位しました。

阮朝皇帝にもフランス派と反フランス派とあって、それによって政治体系もフランスとの関係もコロコロ変わってきていたんです。

このころ、フランスからの重税や取り締まりなどで苦しんでいた国民からは、フランスからの擁護によって贅沢に暮している皇帝と思われており、何かと評判は悪かったようです。

でも、彼は彼なりに頑張っていたみたいですよ

1882 年の清仏戦争以来、完全にフランスの支配下に置かれ、ほとんど形骸化した阮朝の威信を取り戻すため、フランスの監督下で様々な法令を施行したが、それによって多くの国民が、フランス植民地当局により逮捕・投獄される結果をもたらしてしまいました

なんかいろいろな策が裏目に裏目にと出たようです...

そんな彼は 1922 年に1マルセイユ殖民博覧会に出席のためフランスを訪問したんですが、その時に見た大型建造物に多大な影響を受け、王宮内の建中殿を増改築する際、特に命じてバロック様式にさせるなど、ますます親仏家となっていきました。

1920 年から建設が始まったカイディン帝廟は、フランス風の建築ということで工事が始まりました。

住民の税金を 20% も跳ね上げて造営したために、ますます国民の批判が集中し、今でも「 最も嫌いな皇帝 」の烙印が押されています。

では、帝陵に入ってみましょう

車を降りていきなり階段を上って...

こちらも階段の脇には龍の彫刻が施されていました。

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約 120 段の階段を上っていくと、碑亭の前の広場には中国の兵馬俑を彷彿とさせる石像が立ち並んでいます

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こちらが、碑亭

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その後ろの階段を上って...

あ、この階段にも龍の彫刻が

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そして、本殿である、啓成殿

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ちょうどカイディン帝がフランスに行って影響を受けたのは、バロックの建物群

こちらの建物も何となくバロックスタイルなんですが、そこは中国の文化もかなり入っており、なかなか面白い建築様式ですね

中に入ると一面大理石の壁

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だと思いきや、この辺りは大理石は取れません

この近郊、かなり範囲を広げても大理石は取れません

ということで、よーく見ると、これ、
コンクリートの壁に大理石の模様が描かれています

ところどころはがれているところを見るとよくわかりますよ

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別にこんなとこ撮らいでもいいんですけどね

お隣の部屋はとても豪華なバロックと東洋の融合スタイル

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天井には龍が描かれ、壁には竹や梅などがモザイクで表現されています

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これ、
ビール瓶や陶器などの破片をそれの形状の特長をとても生かして作られているんですが、よーく見ると
日本のビール瓶もたくさん使われていますよ。

例えばこんな感じで。

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わかるかな?

反射して見辛いかな?

こちらは?

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カタカナが見えますね

こちらは?

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こちらは SAKURA BEER って文字の一部が見えます

このさくらビール、1913 年 ( 大正2年 )、現サッポロビールの大前身である帝国麦酒が九州で製造していたビールです。

こちらは、TOKYO と BREWERY の一部が見えます

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やっぱり大正時代のものなのかな?

というわけで、ビール瓶の話はこれくらいにして...

その奥には、カイディン帝のお墓があります。

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皇帝陵で遺体が確定しているのはここだけみたいですよ。

この像の地下9m のところに遺体が安置されているとのことです。

彼は幼少のころから病弱だったため、40 歳のとき結核により亡くなりました。

その後は長男が 13 代の皇帝、パオダイ帝となり、1945年に長きにわたっって続いた阮朝時代に幕を閉じることになります。

お墓参りをした後は隣の部屋に、フランスから送られたいろいろなものがありました。

そこにあった時計

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カイディン帝が無くなった時刻を指して止まっています

遺跡というよりも、
東西文化が混ざり合った宮殿のような雰囲気が残るカイディン帝陵

お見逃しなく。


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2018年12月18日

フエ郊外の遺跡ミンマン帝陵


3世紀にわたり3つの王朝の首都が置かれた町フエ

特にベトナムを統一した最初で最後の王朝である阮 ( グエン ) 王朝 ( 1802〜1945 年 ) の遺跡がたくさん残っており、そこら辺をひっくるめて
1993 年にベトナム初の世界遺産に登録されています

この王朝は 13 人に皇帝がいて、お墓が 12 個残されています。

最後の皇帝、バオダイ ( 保大 ) 帝は若い頃、当時の宗主国であったフランスに留学していたってこともあって、インドシン戦争後、ベトナム共和国発足時に、フランスへ亡命、そこで亡くなりました。

なのでお墓はベトナムにはなく、パリのパッシー墓地にあります。

というわけで、フエ郊外には歴代の 12 の帝陵が残されているんですが、一般に開放されているのは主に3カ所。

その中でも一番有名第3代皇帝のミンマン帝陵に始めに行ってみました。

ミンマン帝陵は 1840 年から3年かけて建設されました。

1750m の城壁で囲まれ、寝殿などの主要な建物が 700m の真っ直ぐな参道に並んでいます。

先代皇帝でフエを遷都したザーロン帝は、主に西洋文化を積極的に取り入れたのに対し、ミンマン帝は儒教的思想を持っており、中国文化を積極的に取り入れました。

そのためか、中国式にデザインされた建物が多く残り、その建物には数多くの詩文が美しく彫刻されています。

フエのホテルがある新市街からは車で 30 分ほどです。


駐車場を降りたら、おばさんたちがサトウキビを削いでいました。

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そして現在の入り口から中へ。

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この門は、通用門という扱いの門で、遺跡観光の入り口として使われています。

帝陵の正門は、大紅門と言って立派なのがあるんですが、過去にその門が開いたのは、
皇帝の遺体を運び込むためにたった一度だけだといわれています。

というわけで、門を入って...👟 👟 👟

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南に行って正門の前にある碑亭へ。

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階段の龍の彫刻も素晴らしいです。

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ここから皇帝のお墓のある西の方角へ、約 700m、建物が一直線に並んでいます

次の建物は、顕徳門

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寝殿の前門として建てられたもので、この奥には寝殿があるというわけです。

そしてこの門を通り抜けると...

崇恩殿と呼ばれる、皇帝と皇后の位牌のある建物があるんですが、残念ながら修復中なのか建物の外観に足場が組んであったため、見栄えが良くなく撮ってませんでした。

今思えばとっておいた方がよかったなぁ...

で、その手前の左右にも建物があって...

こちらは修復前の状態のもの

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こちらは修復完了した状態のもの

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なんに使っていたのかは、話聞いたけどちょっと忘れてしまいました

そしてこちらが崇恩殿の中。

ミンマン帝はかなり中国贔屓だったようで、建築様式も紫禁城をまねて作らせたりと、何となく中国っぽい感じがしましたよ

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また、中国で取り入れられていた官僚登用の試験、科挙に殿試を付け加えました。

これは科挙に合格した者が、最後に皇帝直下で試験を受け、のちの地位と高官の順位に大きく影響したと言われてています。

これも身分格付けを尊重としてたミンマン帝ならではの思想でもあり、
コネによってではなく公平に優秀な人材を採用するということで、広く一般大衆にも人気のあった皇帝です

また、この科挙の採用には西洋のキリスト教を排除する意味合いもありました。

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この建物の後ろには、中国式の庭園が広がり、人工池である澄明湖に架かる橋の向こうに楼閣が建っています。

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この中には皇帝が生前使用した寝台が置かれています

この建物の裏側には、再び中国式の庭園が見られ、ミンマン皇帝が眠る陵墓へと続いています。

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こちらがその庭園の一部

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陵墓の入り口の門までは行けるのですが、その奥は入ることはできません

ミンマン帝のお墓は、その奥の小高い丘の一部にあるってことは確認されているそうですが、お墓自体はまだ見つかっていないんだそうです。

ということで、
歴代皇帝の中でも最も人気があったといわれているミンマン帝

私生活では、
40 人以上の正妻と、500 人以上の側室を持ち、毎晩5人以上の妻を相手にして、140 人以上の子供を設けたとか

イスラムのハーレムも真っ青...

という豪快な皇帝が自ら作った陵墓

やはりフエに来たら見逃せない観光地の一つですね


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2018年12月17日

フエ5つ星ホテルの朝食


快適なベッドで一晩寝て、翌朝

このレベルのホテルだったら、朝食もバリエーションに富んでるだろうと期待に胸を膨らましていざ朝食会場へ

入り口で部屋番号を伝えて

朝食はビュッフェで、いきなりこんな感じ

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ちょっと写真だとごちゃごちゃしてわかり辛いかな?

いわゆるスクランブルエッグやパンケーキ、ソーセージといった洋食のコーナーから、

焼きそば、チャーハン、点心類といった中華コーナー

怪しげな味噌汁がある日本食っぽいこじんまりとしたコーナー

米粉を使ったベトナム料理コーナー

こちらはパンのコーナー

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フランスの植民時代もあったということで、パンもとってもおいしいですよ

そして、フォー

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こちらはオープンキッチンになっていて、オーダーしたらお兄さんがすぐに作ってくれます

スープのベースはチキンビーフ

数秒で作ってくれて、あとは好みでニョクマムやチリソースなどで味を整えて、野菜を入れたりして...

ま、何も入れなくてもいいんですが、何となくニョクマムと若干のチリソースを入れて、ライムをひと搾り。

より一層アジア感を出すのが好きです。

ホールはとても広くて、席は十分

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というわけで、こんな感じで朝ご飯を取ってみました

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やっぱりフォーがメインになりますかね。

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写真には写っていませんでしたが、パンもおいしかったですよ

ところでこのフォーですが、北ベトナム発祥の麺で、基本朝ごはんに食べるものなんだそうです。

ベトナムの街角では、早朝からフォーの屋台で出勤前のサラリーマンなんかがよく食べていますよ

鶏骨や牛骨で取った透明感あふれるあっさりしたスープを茹でたフォーにかけ、香草を入れて提供されます。


ベトナムではコメはたくさんとれるので、米料理もたくさんあります。

もちろん、普通に炊いた白飯はもちろん、麺も米粉を使ったものが主流ですし、有名な生春巻きも米粉を使ったライスペーパーで巻いています

日本では二期作( 最近もうやってるところ少ないですね ) 、って細々とやっていますが、ベトナムでは温暖な気候を利用して、三期作なんてこともできるんだそうです。

ベトナムでは定番の米粉を使った麺。

小麦の麺よりもヘルシーだということで、最近日本でも人気が出てきていますね。


というわけで、朝からがっつりいただいて観光に出かけました


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