2018年12月20日

第4代皇帝トゥドゥック帝陵


阮朝歴代皇帝の中で、在位 35 年と一番長かった第4代トゥドゥック ( 嗣徳 ) 帝。

儒教思想を尊ぶ方で、そのため国内のキリスト教の排除を行います。

そのため、国内のキリスト教会が破壊されたりしたのもこのころです。

ナポレオン3世は 1856 年 9 月にフランス人宣教師の保護と港の割譲を求めて交渉してくるんですが、皇帝がそれを拒絶したことから、だんだんとフランスとの仲もこじれ始め...

1858 年にフランス・スペイン連合軍がダナンに侵攻し、コーチシナ戦争が始まります。


というわけで、この帝陵、入り口から中に入ると、きれいな蓮の池が広がっています。

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ちょっと蓮の花がないところを撮ってみたかな?

こんな感じでいくつかは咲いていました

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彼は、ミンマン帝以上に中国と密接な関係を持っていたことを現すよう、中国風の庭園、建築物でまとまっています。

この蓮の池の中にも釣殿を建て、詩を書いたり、釣りを楽しんだりと、
生前から別荘として使っていたようです。

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その反対側の小高い丘の上には、楼門とその奥に和謙殿( 寝殿 ) があります。

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階段の上から見た池

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こんな感じです。

そして和謙殿

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中にはトゥドゥック帝と皇后の位牌が祀られています。

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その建物の奥にあるのが、鳴謙堂

ベトナムで2番目に古い劇場で、もともとは皇帝が観覧するために作ったものです。

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現在も日によっては上演があるそうですよ。

そして上演のないときは、有料ですが、当時の衣装を身に着け、写真を撮ってくれるってサービスもあります。

天井には星座も書かれています。

皇帝は、政治よりは文芸のほうに関心があったと言われており、詩を読む場所、演劇を上演する場所などたくさん作っていました。

ここで外に出てお墓のある所に移動。

陵墓

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帝の石棺がおかれているんですが、遺体は親族によって秘密裏に埋葬されたため、
遺体の場所は不明です。

そのお墓の前の門。

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これは中側から撮ってみました

トゥドゥック帝には、正室・側室合わせて 109 人もの女性がいましたが、幼い頃に天然痘にかかった影響で実子はおらず、次代皇帝は養子に迎えた甥のキエンフックが即位しました。

しかしこの皇帝は在位わずか半年にして崩御したため、帝陵は造られず、この敷地内にお墓が設けられました。

グエン朝の最盛期はトゥドック帝までの四代で、その後は徐々に衰退の道をたどっていきます


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posted by まいど! at 06:00| Comment(0) | ベトナム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする