2018年11月10日

ブッダを救ったスジャータの村


ブッダが覚りを開いたブッダガヤという町は、仏教にとって重要な聖地の一つ

そのブッダガヤから車で 15 分ほど行ったところに、スジャータ村があります。

そこへ行く途中に、ブッダが沐浴したと伝えられている「 ニランジャナ川 」 を渡ります。

日本の仏典には「 尼連禅河 」って書いてある、あの川です。

沐浴をしたっていうから、ガンジス川のような川かなと思っていたら、この時期は水は無し。

雨季のころ数カ月のみ、水が流れるってことなので、ブッダが沐浴したのはそのころなのかな?

ちなみに前回ここに来たときは、たっぷりと水がありましたよ

今回来た、約1カ月前のことでしたが。

そんなわけで、スジャータ村でブッダがスジャータという女性から、
乳粥の供養を受けたとされる場所にまたまたやってきました

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このあたりの物語は、前回の記事を見てね


こんな感じで受けたのかな?

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この日もスリランカやミャンマーからの巡礼団が多数この地に多数訪れてました。

ブッダは...( 覚りを開く前なので釈迦はと書くべきなのかな ) この村のはずれにある、前正覚山で、覚りを開くために6年にわたって ( 7年という説もあります ) 厳しい苦行をしました

食物は施しによってのみ得、衣服は人々が捨てた布を縫いあわせた作りました。

さらには断食、不眠、呼吸の制御などを行い、生きるか死ぬかというところまで自分を追い込んでいきます

このまま修行を続けていたら、釈迦は悟りを開く前に死んでしまっていたかもしれません

どれだけ過酷な修行をしても、心の平安を得られない釈迦は修行を断念して、里におりました。

そこでスジャータという少女と出会います。

ボロボロでがりがりにやせ細り、生きるしかばねと化した状態の釈迦が、休憩を兼ねてニランジャナ川で沐浴をしている姿をみたスジャータは、乳粥を提供するわけです。

釈迦は始めはその申し出を断ろうと思ったが、乳粥を食べて生気を取り戻し、菩提樹の木の下で瞑想して覚りを開いたとされています。

ま、細かいことはいろいろとありましたけどね。

苦しいことばっかりしても意味がない

かといって楽ばっかりしてもダメダメ

スジャータも言っていました。

「 琴の弦は締めすぎると切れてしまう、
 絞め方が弱いと音も悪い、
 琴の弦は中くらいに締めるのが丁度良い 」


これを聞いた釈迦は ❝ 苦楽中道 ❞の悟りを得たと言われています。

何事もほどほどに...ね


そんなスジャータの家があったとされているところにストゥーパが建っていました。

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昔もそうだったかもしれませんが、現在ものどかなスジャータ村。

この奥の奥に、前正覚山があるんですが、ちょっとかすんでいて見えないです。

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この乳粥ってのは、お米にお砂糖を入れてミルクで煮たものです。

食事というよりもスイーツに近いものがあります。

現代でも、例えば各国のスィーツで

ARROZ CON LECHE・・・スペイン

RICE PUDDING・・・イギリス

Milchreis・・・ドイツ

Risengrød ・・・デンマーク

Risgrynsgröt ・・・スウェーデン

など、似たようなものが多いですよ。

僕はちょっと苦手ですけどね


ちなみに 「 スジャータ 」と聞いて
コーヒーに入れるミルクを思い出した人...

多分いらっしゃると思います。

めいらくのコーヒーフレッシュ「 スジャータ 」 の名前の由来
まさにこの女の子の名前から来てるんですよ。




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posted by まいど! at 06:00| Comment(0) | インド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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