2016年07月12日

今回の旅はピッツバーグへ


ピッツバーグに行けって言われて、

どこ?

って一瞬思いました。

一応、アメリカってことはわかるんですが、あの広いアメリカのどのあたり???

一応シカゴとニューヨークのちょうど中間地点ということで、成田から直行便が飛んでるシカゴへ

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そこから飛行機を乗り継いで...

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ピッツバーグに到着

あんまり聞かないのも納得ってのは、この町は特に観光地ってわけではなくて、現在はピッツバーグ大学を要する学生の町。

でも昔は、造船業、ガラス産業なんかが発達した町でした。

その後、この町の名前が全国に知れ渡ったのは、19 世紀半ばごろ。

1870年代、「 鉄鋼王 」 といわれたアンドリュー・カーネギーがカーネギー鉄鋼会社 ( 後のUSスチール ) を創設し、ピッツバーグの鉄鋼産業は 19 世紀半ばから 20 世紀初めにかけて、鉄道建設や軍需景気によって成長していきます。

どれくらいすごかったかというと、1901 年の銑鉄の全米生産量は 2400万トンで、
そのうちピッツバーグでは約 4 分の 1 を生産していたそうです。

こうした経済的繁栄によって、ピッツバーグの人口は 1890 年には 23 万 8617 人だったけど、1900 年には 32 万 1616 人、1910 年には 53 万 3905 人と順調に増え、その後 1950 年まで増加し続けました

鉄鋼産業を中心に発展したピッツバーグには、多くの移民が労働者として流入していったわけです。

でも、工業に依存にしてどんどん発展していくということは、同時に大量の煙による大気汚染と工場排水による水質汚濁が深刻な社会問題へとなっていきます。

また 1970 年代になると海外から安価な鉄鋼が入ってきて、ピッツバーグの鉄鋼産業もだんだんと廃れていきます


その後のこの町の復活劇がまたすごいものがあり、環境問題を逆手にとって都市の再生に向けた改革を行っていきます。

製造業が徐々に衰退するなかで、民間企業、行政府、大学、非営利団体なども産官学民が一体となった取り組みにより、ピッツバーグはそれまでの鉄鋼産業への依存から脱却し、医療、金融・保険業、IT 産業、教育・文化産業などの多様な産業によって発展することを目指していきました

こういった諸々の改革は、全てが成功したわけではないんですが、2008 年の金融危機に際しても経済的損害は比較的小さかったということで、ピッツバーグはアメリカの都市再生の好例として、2009 年の
20 ヵ国地域・首脳会議 ( G20 ) の会場にも選ばれました

そんな産業が復活したピッツバーグ...

特に観光するところもないんですが、ここに来た理由はこれ。

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そうです。

第 116 回 US オープンゴルフを見るためです

ゴルフを全くしない僕が、ゴルフ観戦???

それもあの 4 大メジャーの一つの US オープン???

って、一応お仕事ですからね。

空港に到着してまずはホテルにチェックイン

ホテルの部屋からは、モノンガヒラ川がよく見えました。

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こちらは、もう一つの川、アレゲニー川

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そしてその向こう側には、NFL の球場が見えています。

この町のフットボールチームの名前は、その名も ピッツバーグ・スティーラーズ

鉄で栄えた名残をチーム名にしているんですね。

ちなみに僕の部屋からは見えなかったんですが、その隣くらいに、
MLB ピッツバーグ・パイレーツの本拠地PNC パークもありますよ。

そんなわけで、まずは一杯飲んでと...🍺

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あ、地元のビール頂戴って言ったら、これが来ました。

IRON CITY BEER

その名も、鉄の町ビール

別に鉄の味はしなかったけど 、普通のラガービールよりかは味もしっかりしていて、飲みごたえがありました。


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posted by まいど! at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アメリカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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