2019年09月30日

南三陸町名物?!のモアイ最中


宮城県に行った人からお土産でもらいました

moai (6).jpg



モアイってあのモアイ???

あの、イースター島の...

どうやらそのようで

で、なんでそんなところと宮城県???

何の関係が???

って思うのも無理ないですね。

実は...

今から 60 年近く前の、1960 年 5 月 21 日 10:02 過ぎから 6 月 20 日にかけて...

日本から遠く離れた南米はチリに大地震が発生しました。

本震は 5 月 24 日でその規模、今でいうところのマグニチュード8以上

そして大津波が発生し、約 24 時間後、17.000km 離れた日本に到達

特にリアス式海岸である三陸海岸では大きな被害を受けました。

この津波の記憶を未来に伝えようと、30 年後の 1990 年、チリの国鳥であるコンドルの碑がチリから贈られ、1991 年には南三陸町がふるさと創生事業の一環としてチリ人彫刻家に依頼して創ったイースター島のモアイが、志津川地区の松原公園に設置されました。

そして 2011 年 3 月 11 日

東日本大震災のときに発生した津波で海に飲み込まれたこの町のことを聞いた、日智経済委員会チリ国内委員会が、南三陸町に新たなモアイ像を贈ろうと、イースター島の長老会に協力を求めました。

93 歳の老彫刻家マヌエル・トゥキ氏は、みんなに呼びかけました。

「 海に破壊された日本の町に、人々が再びそこで生きていきたいと思えるようなマナ ( 霊力 ) を与えるモアイを、贈れないのか? 私は息子とともに、日本の人たちが必要としているモアイを彫る!」

長老会は大きな拍手で包まれたという。

イースター島の石を使って彫られたモアイ像が、島外に出たことは今まで一度もありません。

しかし、かつて倒れてバラバラになっていたモアイ像を、日本人がもとの姿に建て直す支援をしたことがあったことから、イースター島初のプロジェクトが始まった。

こうして息子のベネディクト・トゥキ氏は、石材を切り出して、親戚の彫刻家たちとともにモアイを制作しました。

そして 2013 年 5 月 25 日、イースター島から南三陸町に世界初となる本物のモアイ像が贈られました。

南三陸町を訪れたトゥキ氏は、設置されたモアイに白珊瑚と黒曜石で作られた眼を入れました。

目を入れる...

これはマナ ( 霊力 ) がモアイに宿ることを意味しており、眼の入ったモアイ像は世界でもイースター島と三陸町だけなんだとか。

この物語、詳しい話は以下の URL より動画🎥を参照してみてください。

約1時間です。

「モアイと絆の物語」

というわけで、このモアイ像のいろいろなグッズがある中、モアイ最中を買ってきてくれました。

早速開けて

moai (1).jpg

moai (3).jpg



自分で最中の中にあんこを入れるパターンです。

moai (2).jpg



作ってみました

moai (5).jpg



最中は普通で、普通においしかったですが、インパクトはめちゃありました。


南三陸町ではモアイを復興のプロジェクトの一つとして、街をあげて頑張っています。

この最中をいただいたおかげでいろいろなことを知ることができました

今度は、僕自身も南三陸町に行ってみたいです。


ちなみに...


モアイは、イースター島のラパヌイ語で 「 未来に生きる 」 という意味です。

イースター島にも行く機会があったら、もっともっとこの話を調べてから行くとしましょう。


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posted by まいど! at 06:00| Comment(0) | 国内 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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