2014年06月03日

バターリャの修道院はでかい


バターリャの修道院は、ドミニコ会の修道院として、ジョアン 1 世が 1385 年 8 月 14 日に、バターリャ近郊のアルジュバロータの戦いで、カスティーリャ王国軍を破ったことを祝して、翌年の 1386 年から建設したのが始まりです。

バターリャというのは、ポルトガル語で「戦い」を意味します。

とりあえず、1517 年にこんな形にはなったのですが、とにかくでかいんですよがく〜(落胆した顔)

CIMG0176.jpg



正面はこちら。

CIMG0175.jpg



ここも、英語ガイドの通訳でなかなか写真を撮ってる暇がなかったのですが、ここにはジョアン 1 世をはじめ、王妃だったフィリパ、そして長男のペドロ王子、エンリケ航海王子、そしてフェスで客死したフェルナンド王子の墓があります。

ここのもう一つの見どころは、未完の礼拝堂と呼ばれているところ。

CIMG0187.jpg



屋根が無いでしょ?

ここは、ドゥアルテ 1 世によって、1437 年に着工しました。

作った目的は、ドゥアルテ 1 世と彼の子孫が埋葬されるための王室の第 2 のお墓ということだったのですが、実際には、ドゥアルテ 1 世とその妻であるレオノール・デ・レオンの 2 人のみが埋葬されている。

ここは、もともとフュゲットがゴシック様式で設計したけど、マテウス・フェルナンデスに移ってからはマヌエル様式へ、後にディオゴ・ボイタックがそれに続きました。

1509 年、途中までできたところで、ちょうどリスボンでジェロニモス修道院を作っていたんですが、それに呼ばれて行ってしまったため、途中まで...ということになったとか。

マヌエル様式ってのは、そのマヌエル 1 世の時代の建築様式で、ちょうど彼が在位中の 16 世紀初頭の様式のことです。

大航海時代で繁栄したため、船の装備、例えばロープ、帆などから、新天地で発見した珍しい動・植物などを図案化した彫刻などで飾られています。

ポルトガルならではの彫刻で、よくも悪くも、とても珍しいものが盛りだくさん、そしてごちゃ混ぜ...そんな風に感じるのは僕だけかな?

この柱なんかすごいんですよ。

CIMG0186.jpg



ちょっとと遠めなので、ますごいな、細かいなというのはわかると思うんですが、拡大してみると、例えば、こちらはトウモロコシを取り入れた彫刻

CIMG0190.jpg



これは、アザミ...?

CIMG0191.jpg



これは..何だったっけ???

CIMG0192.jpg



カタツムリも

CIMG0193.jpg



後は、回廊も素晴らしいのでゆっくりと見てくださいね。

おっと、一部だけ写真を。

回廊のお隣にあるお部屋。

CIMG2824.jpg



兵隊さんがいるのは、ここ、第一次世界大戦のときの無名戦士のお墓として使われているからです。

そんなわけで、なーんにもないところにぽつーんと建ってる...そんな感じの修道院でした。



にほんブログ村 旅行ブログ ヨーロッパ旅行へ
にほんブログ村


  





posted by まいど! at 18:00| Comment(0) | ポルトガル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: