2014年10月06日

シャンティイ城の美術館〜3


続いては、1 階の絵画の部門へ。

絵画を飾る部屋の数々には、絵を鑑賞するために最適とされていた天窓がはめ込まれ、大居室には、先祖に縁の品を飾り、当時の面持ちを伝えるために 18 世紀の家具コレクションを中心に装飾が行われます。


鹿のギャラリー

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グランシャトーに入って初めの部屋です。
グランシャトーはオーマル公の要望で、美術館を設立するという目的で 1875 〜 1885 年にかけて、建築家オノレ・ドーメにより再建されました。

この部屋はオーマル公のディナールームとして使われていたところで、猟園で狩猟をする古い建物にちなんで名づけられました。
フランス革命時には破壊されましたが、ここはかつて当時の芸術家や知識人階級の著名人をもてなした場所でした。
1880 年 12 月 11 日、オーマル公第一回目の音楽夕食会が催されました。
この会には、アレクサンドル・ディマ、アレクサンドル・カバネル、エルネスト・レネ、ピエール・ロチらが参加しました。
晩餐会の後は、オーマル公は来賓を高貴な絵画が飾られたギャラリーへと通し、彼らはオーマル公のコレクションを称賛したと伝えられています。

壁には 17 世紀末のゴブラン織りでつづられた 8 枚のタピスリーがかけられています。

暖炉の上には、ポール・ボードリーによって描かれた、「 狩人の守護聖人ユベールの肖像画 」 がかけられています。
これのモデルになったのは、オーマル公の甥、シャルル公とオルレアン公です。

天井には、この城の所有者となった歴代家族の紋章が飾られています。

また、鹿の頭部のはく製もありますね。

CIMG4147.jpg



こちらの部屋は、

絵画室

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この城で鑑賞できる絵画、書籍及び芸術品のコレクションは、
全てオーマル公一個人によって集められたものです。

この絵画室は、画を観賞するにあたって素晴らしい条件となっています。
天頂からの採光や角をカットしたコーナー及び光を通さない壁面、これらすべては絵画を飾る空間を最大限にとれるように施され、それにより絵画作品が密に配列されています。
これらの作品は完全にオーマル公の好みにより配列されています。
彼の遺言により、その配列は並べ替えられることは無く、また貸し出しもされることはありません。


続いて、

宝物の陳列室

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オーマル公自身によって設計され、貴重なものが収められています。
家族の記念品、軍事記念品などが中心ですが、中国の扇子なんかも当時としてはとても珍しいものでした。


こちらのセクションもとても見どころがありましたよ。

では次は最後のセクション、チャペルの方へと進んでいきましょう。

またまた続く...


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posted by まいど! at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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