2014年10月07日

シャンティイ城の美術館〜4


では最後のセクション、チャペルに行ってみましょうるんるん

礼拝堂

この礼拝堂は、オーマル公が聖ルイに奉献するために 1882 年、建築家オノレ・ドーメに委託して建造しました。
礼拝堂の外部建築デザインは、16 世紀にジャン・ピュランがアンヌ・ド・モンモランシー大元帥のために建てたエクアン城の礼拝堂をモデルとしています。

CIMG4135.jpg



礼拝堂は前部と後部の 2 つの部分に分けられています。

前部は、エクアン礼拝堂からの各文物を収納するために建てられました。

CIMG4138.jpg



右側の上の方には金のはめ込み台があり、ハプスブルグ家の紋章である双頭の鷲の織物があります。
これは、1643 年のロクロワの戦いでアウグスブルグの軍隊から争奪したものだそうです。

後部には、彫刻家ジャック・サラザンによる六体の彫像とレリーフがあります。
これらのものは、コンデ公アンリ二世を偲ぶもので、パリの聖アントワーヌ通りにあるイエズス教会・サン=ポール=サン=ルイ教会でジャン・ペローにより建造されました。

CIMG4137.jpg



構成は、左上から泣いている子供とコウノトリを従えた宗教女神レリジョンで、彼女は心臓を抱えています。

真ん中の碑をはさんで右側は、知恵の女神ミネルヴァの姿をして、手に蛇の巻き付いたヤリを持った倹約の女神プルデンス。彼女は神の愛の象徴である赤子の心を受け取り、足元にペリカンを従えています。

その右側は、胸の前で両手を組み合わせて祈る敬虔の女神ピエタ。

その隣には、この写真にはちょっと写ってないけど、正義の女神ジャスティス。

そして、紋章の入った盾を持った子供。

正面に見えるのが、墓の碑銘を持った子供...

といったもので、1648 年に大コンデが 1646 年に亡くなった父親を偲ぶために作らせたものだそうです。


そんなわけで、最初はそんなに期待していなかったシャンティイ城。

オーマル公の人となりと実際に日本語の解説で内部を見て、結構感慨深い思いに浸っていました。

そんなわけで、この後パリを目指して移動しましたバスダッシュ(走り出すさま)


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posted by まいど! at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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