2014年11月05日

スロベニアの首都リュブリャーニャ


今回の旅は、旧ユーゴスラビアのいろいろな国々を巡る旅。

まずは、羽田からフランクフルト経由でスロベニアへ。

スロベニアは過去何度か行っているけど、もう一度まとめのような感じで書いてみますねわーい(嬉しい顔)

まずは、車を降りて旧市街へ。

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この立派な建物、なんだったかなぁ...?

確かリュブリャーニャ大学の建物だったと思います。

ここから、旧市街の方へ。

リュブリャニツァ川沿いを歩いて...

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市庁舎の前へ。

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そしてこの前から川に延びている通りを歩いていくと、リュブリャーニャのシンボルとも言うべき、
三本橋 ( トロモストウイエ ) があります。

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本1280 年に木製の橋がこの位置に架けられたが、1657 年に火災に遭い、1842 年にイタリア人の建築家ジョバンニ・ピッコによって設計された新しい橋に取り替えられました。
でも、だんだんと交通量が増え、馬車、人間と1本の橋を通るのは危険になってきました。
そこで、1929 年にスロベニア人の建築家、ヨジェ・プレチュニックが、両側に歩行者専用の橋を付けました。
これで、最初の橋とその両側、計3本の橋があるので三本橋と呼ばれるようになったということです。


この橋の向こう側には、フランシスコ教会があります。

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もうちょっと近づいて...

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この教会の前の広場が、プレシェーレン広場

この広場の名前の由来となったのが、、スロベニアの詩人、「 プレシェーレン 」 の像です。

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スロベニア独立戦争後に彼の詩の7番が、スロベニアの国歌になったと言われています。

タイトルは「祝杯」

この広場から三本橋に接近して撮ってみました。

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もうちょっと川沿いを歩いて、三本橋の隣にある橋まで来ました。

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この橋にもびっしりと南京錠がくっついていましたがく〜(落胆した顔)

ここにまで...がく〜(落胆した顔)

そういえば、パリのセーヌ川にかかっている某橋なんか、南京錠の重みで手すりが落っこちたって言うくらいですからね。

でも、まぁここまでくっついていたら、それはそれでいいのかな?

この端の中ほどから見た三本橋です。

CIMG4330.jpg



橋を渡ったところにあるマーケットにこんなのがありました。

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これ、牛乳の自動販売機でするんるん

一番右側でボトルも売っているんですよ。

自動販売機大国の日本でもさすがにこれは無いですよね。

その向こうには大聖堂

この場所にはもともとゴシックの大聖堂があったのですが、火災にあってしまった。

で、18 世紀初頭にその跡地に、アンドレア=ポッツォの設計でバロック式の大聖堂がたてられました。

天井にはイタリアの画家で、ジュリオ=クァリオが描いたフレスコ画があります。

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ここへは前々ローマ法王ヨハネ=パウロ2世が 1996 年に訪れました。

そのときに作られたのが正面のブロンズの扉です。

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この大聖堂、海の守り神でもある 「 聖ニコラス 」 を祀ったものなので、正式名称は、
聖ニコラス大聖堂というそうですよ。

さて、最後のリュブリャーニャのシンボルは

これは竜の橋

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橋の入り口には龍がいます。

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スンごい顔しています。

これは伝説によると...

本リュブリャーナはイアソンとアルゴナウテスによってつくられたといわれています。
イアソンは他の仲間と、秘宝を求めてアルゴという船で現在のグルジアへむかいました。
途中、黒海を横断し、ドナウ川とサヴァ川を遡った後、現在のリュブリャーナに到着。
そこで恐ろしい龍と戦って勝利したそうです。
その為、龍はリュブリャーナのシンボルになったというわけですね。


というわけで、リュブリャーニャの旧市街中心地を歩いてみました。

首都なんですが、人口 28 万人ほどのかわいらしい落ち着いた町でした。


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posted by まいど! at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | スロベニア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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