2014年11月15日

グラデッツの坂を下りて


聖マルコ広場から坂を下りていくと、こんなお店が...

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そうです。
クロアチアはネクタイ発祥の地なんて言われているんですよ。

というのも...

本ルイ 14 世を守るためにクロアチアの兵士がフランスを訪れた際、彼らが首に巻いていたスカーフが起源である、というものがあります。
彼らは無事な帰還を祈って妻や恋人から贈られたスカーフを首に巻いたのですが、それを見たルイ 14 世が興味を示し、側近の者に 「 あれは何だ? 」 とに尋ねたところ、側近の者はクロアチアの兵士について尋ねられたと勘違いし、 「 あれはクロアチア人 ( クラバット ) です 」 と答えたため、その布をクラバット( CRAVATE ) と呼ぶようになったという逸話である。この説には、14 世紀にはすでにフランスで cravate という語は使われていたという反論もあるが。
どちらにしても、1660 年ごろに人気のあったクラバットは、単に幅広のネッカチーフを首に巻いたものに過ぎなかった。
現在でもフランス語などではネクタイを “ cravate ” と呼ぶ。またこれから 18 世紀にかけて、クラバットに限らず首に布を巻くスタイルは兵装としても用いられ、一般に広まった。この形のクラバットは第一次世界大戦頃までの一般的な男性の正装となっています。
Wikipedia より一部抜粋



この奥の方へ延びている通りは、トゥカルチチェヴァ通りです。

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昔は、メドゥヴェシュチャク川という小川が流れていて、カプトルとグラデッツを分けていました。
今では、この通りの地下に流しています。

現在ではおしゃれなカフェなどが立ち並び、ザグレブで最もおしゃれな通りと言われています。

そしてこの通りの手前が、「 KRAVAVI MOST ( 血の橋 ) と呼ばれている場所です。

本中世時代、グラデッツとカプトルの 2 つの街は、いろいろなことで争いが絶えず、ここでよく流血騒ぎがありました。
このため 「 血の橋 」 と呼ばれるようになりました。
1899 年に橋はなくなりましたが、名前はそのまま残っているのです。


ちなみに....

本アレキサンダー・ベルが、アメリカで電話を発明したその 11 年後、この通り沿いにある図書館で、はじめて電話交換機が利用され、1887 年にはヴィリム・シュワルツが電話交換機の特許をとりました。
当時のザグレブで、電話を利用していた人は、たった 45 人だったそうですよ。

さて、その通りの手前を曲がってまた少し坂を上っていくと、市場が出てきました。

ドラツ市場です

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20 世紀の初め、この辺りにあった民家は取り壊されて、1930 年に 3 階建の当時としては近代的な市場として開発されました。

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新鮮な野菜や果物がいっぱい売っていましたよわーい(嬉しい顔)るんるん


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posted by まいど! at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | クロアチア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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