2015年04月24日

小型の船に乗り換えて観光へ


お昼ちょっと前までは、Vrinda 号でゆっくりとしたクルーズ。

そして、11:00 頃からはちょっと小型の船に乗り換えて、もうちょっと奥地まで行きましたわーい(嬉しい顔)

このあたり、約 44 本の川が作り上げる水郷地帯

水田や運河などが広がっており、とてもきれいな景色なんですよねるんるん

船に乗り換えてガイドの案内を聞きながら約 40 分。

クイロンという町の近くにある、セント・メアリー教会の前で船を降り、教会を見学。

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こちら、ローマカトリックの教会なんですよぴかぴか(新しい)

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中に入るのは、靴を脱いで。

で、カトリックってのは、これだけ世界中に広まった理由の一つに、人々に信仰を強制させるだけではなくて、その土地特有の風土や地元の宗教と融合するような形になっていった...というか、土着の信仰を共存するようなそんな感じなんですよね。

なのでこの教会の装飾も、ヨーロッパのカトリックの教会では見ることのできないデザインが随所に見られました。

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この柱の付け根とかね。

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この教会の鐘つき塔も、昔はイスラムのミナレット...塔でしたよ。

そんなのを使っていたりしています。

そして、ここからちょっと歩いたところにちょっとした工房がありました。

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ここでいろいろな木彫りのものを売っていたりするんですが、本職は教会の像を修理修復しているんだそうですよ。

さて、また船に戻ってもうちょっと行った先は、スネークボートが置かれている場所。

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なかなかでかいんで、全部とるのは難しかったけど、こんな感じなんですよ。

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スネークボートってのは、巨大で細長いカヌーのような形をしています。

船尾がコブラの頭のような形をしているので,その名が付いたそうですよ。

このボートは、その昔、王たちが収穫後の戦争を行なう際に使ったものだそうです。

毎年、8 月くらいにこの水郷地帯いろいろなところで、このボートを使ったレースが行われるんですが、通常ちょっと長めのオールを持った 4 人の舵取りと、100 〜 125 人の漕ぎ手、25 人のシンガーと呼ばれる、号令をかけたり、口笛を吹いたり手をたたいたり、独特な舟歌を歌ったりして音頭をとるもの達が一組になります。

約 20 位の船がレースに参加するそうですよ。

1952 年、インドの最初の首相であるジャワーハルラール・ネルーは、アレッピーを訪れたとき、このレースを見て大変興奮しまし、警護の取り決めを無視して、勝利者のボートに飛び乗りって漕ぎ手たちと一緒に歌を歌ったらしいです。

デリーに戻ったネルーは,彼らにスネークボートをかたどった銀細工を贈りました。

それにはネルーのサインと、「 この地域特有のボートレースの勝者に捧ぐ 」 という銘が刻まれていたそうです。

この銀細工のボートは、年に一度行なわれるネルー杯ボートレースのトロフィーとして、現在も使われています。

ちなみにこの地方での 3 大ボートレースは...

* ネール杯ボートレース ・・・ 8 月の第二土曜日開催
* ラジーブ・ガンジー・ボートレース ・・・ 8 月の最終土曜日開催
* チャンパクラム・ボートレース ・・・ 毎年 7 月開催


だそうですよ。

のんびりとしたこの水郷地帯も、このシーズンはとても盛り上がるそうです。

というわけで、いろいろと見学した後、また母船へと戻りました。

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ほんと、なかなか他では味わえない景色ですよね。


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posted by まいど! at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | インド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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