2015年11月07日

バロックの壮麗なメルク修道院


ドナウ川の支流、メルク側の畔にあるメルク修道院

ザルツブルグからウィーンに向かう高速道路からも、はっきりとその大きさを実感することが出来るこの修道院にちょっと立ち寄ってみました

11 世紀にバーベンベルク家のレオポルト一世が、ベネディクト派の修道院をここに建立したのが始まりです。

18 世紀に改築され、オーストリア・バロックの至宝 とまで言われるほどの華麗な建物になりました。

CIMG6128.jpg



1770 年にはハプスブルグ家のマリーアントワネットがフランスのルイ十六世の元に嫁ぐ途中で、ここに 1 泊したとも言われています。

CIMG6127.jpg



現在もベネディクト派の修道院として、また、宗教の学校として、そして博物館として機能しているこの修道院の中を見学していました

CIMG6125.jpg



この青っぽい色の部屋の真ん中にあったのは、73 章からなるベネディクト派の戒律書

CIMG6103.jpg



何が書いてあるのか当然さっぱりわかりませんが、戒律のものすごく厳しいベネディクト派のこと。

基本的理念が、「 祈り、そして働け 」 と言うことなので、それが具体的に書いてあるんでしょうねぇ。

そしてお次の部屋が、メルク修道院の宝物の一つである、聖なる十字架が置いてあります。

CIMG6105.jpg



メルクの十字架と呼ばれている、宝石をちりばめた十字架は、キリストが十字架に架けられた木片を使っており、
どんなことでも願い事がかなう そうだとか。

それもとっても貴重なので、数十年に一度しか御開帳がないそうです。

前回は、1996 年だったとか。

なので通常はこんな感じで、映像で見せてくれています。

CIMG6104.jpg



これ、面白い伝説がありまして...

18 世紀にこの十字架が盗難にあいました。
それが、ウィーンで見つかったという話をメルクが聞き、早速ウィーンに返してくれと。

でも、ウィーンは返したくないんですよね。

で、話し合いの結果、メルクとウィーンとの真ん中あたりのドナウ川にこの十字架を船に浮かべて、たどり着いた方が十字架の行きたいところだから、そっちに保管しようと。

これ、考えてみればむちゃくちゃ無茶な話なんですよね。
だって、メルクのほうがウィーンより、上流にありますからね。

十字架をお船に入れてドナウ川に浮かべると、あれよあれよと、
流れに遡ってドナウ川を上りだしたではありませんか....

ウィーンはたたりを恐れてこの十字架をメルクに帰したそうな。



そしてその隣に合ったのが、こちらの聖コロマンの顕示台

CIMG6106.jpg

CIMG6107.jpg



聖コロマンとは、アイルランド人のお坊ちゃんでしたが、巡礼の途中、1012 年にメルク近辺で不審な身なりだったことや外国語を話したことからスパイの容疑をかけられ、拷問され、ニワトコの木に絞首刑となりました。

伝説によると、その後のコロマンの遺体は腐らず、しかもその枯れていたニワトコの木が再び緑を吹き返したということから、皇帝ハインリヒ一世がコロマンの遺体をこのメルクに運ばせ、守護聖人として祀ったとのことです。


こちらもニワトコの木でできており、たくさんの宝石がちりばめられています。

さてお次の部屋は、ロマネスク時代の十字架がありました。

CIMG6108.jpg



こちらの肖像画の人は、18 世紀にメルク修道院を現在のように巨大なバロック建築にした、
ディートマイヤー修道院長です。

CIMG6109.jpg



18 世紀の修道院長ディートマイヤーは、当時、全く無名と言うヤーコプ プランタウアーを建築主任に大抜擢し、修道院の大改装を命じました。

1702 年から始まった工事は、1726 年、プランタウアーが亡くなった後も、その弟子のヨーゼフ・ムッゲナストが仕事を引き継ぎ、1736 年に全長 360m に及ぶ大修道院が完成しました。

ディートマイヤーはその完成を見届けた 3 年後に亡くなってしまいました。

その奥には、レオポルト一世が考案したとされる、リサイクル式棺桶

CIMG6110.jpg



これ、遺体を入れてお葬式が終わったら、底が抜けて、遺体を下のお墓に落とし、また次使えるようにと...

CIMG6111.jpg



でもさすがに不評だったとか...

こちらは昔の...いわゆるセーフティーボックスです。

CIMG6114.jpg



鍵を回すとふたの部分の複雑なからくりが動いて、鍵がかかったり開いたりします。

現在でもちゃんと動きますよ

かなり重いけど。

その奥はとってもきれいな、大理石の間

CIMG6117.jpg



とってもきれいな天井のフレスコ画は、パウル・トローガーとゲターノ・ファンティが手がけました。

これ、だまし絵になっていて、実際の高さよりも高く見えるようにとても立体的に描かれています。

とても 1.7m の天井だとは見えませんね。

また、この部屋の壁や柱も全てが大理石で出来ているわけではなく、一部は漆喰に大理石に見えるようにペイントしてあるだけです。

どれかってのは触ってみればすぐにわかりますよ。

大理石特有のひんやり感や手触りが全然違いますからね。

入ったらみんなで触って見ましょう

そこを出たらテラスからきれいにメルクの旧市街が見下ろせます。

CIMG6118.jpg



反対側には修道院のど迫力映像が。

CIMG6120.jpg



その次の図書館はとっても立派な内装なんですが、残念ながら撮影禁止

一応、図書館ってのは修道院にとっては、非常に大事な場所なんですね。

とりあえずは、1,800 冊の写本、16 世紀の古版本が 1,700 冊くらい、17 世紀のが、4,500 冊ほど、18 世紀のが、だいたい 18,000 冊...

それになんだかんだいろいろたすと、合計約 10 万冊もあるそうです。

1997 年には、中世後期の写本に挟まっていた、1300 年ごろに書かれたらしい、「 ニーベルンゲンの叙事詩 」 の写本の一部が、クリスティーネ・グライヤー博士によって発見され、新たな宝物になったそうですよ。

そして最後の部屋は、バロックのすばらしい装飾の礼拝堂

CIMG6123.jpg

CIMG6124.jpg



ちょうどミサをやる準備をしているところでした。

祭壇は、ザルツブルグ産の大理石や、木材、金箔なんかで作られています。

と言うわけで、一度はゆっくりと見てみたい修道院ですよ。


にほんブログ村 旅行ブログ ヨーロッパ旅行へ
にほんブログ村


  






ラベル:メルク 修道院
posted by まいど! at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | オーストリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック