2016年01月03日

セゴビアのアルカサール入場


アルカサールが初めて文献 📖 に出てくるのは、12 世紀初め頃ってのはこの前も少し書きましたが、当時の国王アルフォンソ 6 世によって、スペインがイスラム教徒からキリスト教徒へと奪還された直後のことです。

その後、歴代の王たちがこの場所を好んで住んだ宮殿であり、数々の儀式や婚礼なども行われるとともに、最重要軍事拠点でもありました。

でも、王宮がマドリッドに移ってからと言うものは、ここは寂れ、この建物も牢獄として使われていた時代もありました。

1762 年になり、国王カルロス 3 世がここに王立砲兵学校を設立した後、その本拠地となって再び脚光を浴びてきました。

しかし、1862 年の火事では 3 日間にも渡って燃え続けて、現在もその名残もあったりします。

そんな波乱にみちたアルカサール、入って見ましょう

まずは入って最初のお部屋。

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騎士の甲冑なんかも置いてあるんですが、
現在の展示品のほとんどはレプリカなんだそうですよ。

そしてそのお隣が、暖炉の間

CIMG6666.jpg



ここだけが暖炉があります。

スペインって言うと太陽の国、暑いってイメージがありますが、ここは標高も 1000m 近くとちょっと高く、冬は雪も降るので結構寒くなります。

で、この部屋だけ暖炉があって、暖められていたんですね。

真ん中にででーんと置いてあるテーブル、
地味だけどクルミの大木を一本くりぬいて作ってあるんですよ

続いては、王座の間

CIMG6667.jpg



1479 年に、アラゴンの皇太子フェルナンドとカスティリャの王女イサベルが結婚 してスペインは統一され、スペイン王国が誕生したんですが、そのお二人がおかけになった椅子です。

上に刺繍してある文字、TANTO MONTA ( タント・モンテ ) ってのは、
二人は平等って意味なんだそうです。

この二人は互いに協力してスペイン王国を築き上げ、後にローマ法王から、カトリック両王の称号までもらいました

こちらがイザベル女王

CIMG6668.jpg



お次は、ガレー船の間

CIMG6671.jpg



ガレー船の船底の形をアレンジした天井が特徴的です。

突き当りの絵は、1474 年 12 月 13 日、イザベル女王の戴冠式の時の絵です。

その向こう側は、王の間

CIMG6672.jpg



歴代の国王の肖像画がずらりと並びます。

そして次が、礼拝堂

CIMG6674.jpg



王の結婚が執り行われました。

この祭壇の左側の肖像画は、イスラム vs カトリックをイメージしています。

CIMG6675.jpg



白馬に乗った騎士が大ヤコブで、イスラム軍をバッタバッタと倒していく様子ですが...

今、こんな絵使って宗教の話しをしたらとてつもなく恐ろしいことになってしまいます

昔ですよ、

さすがにカトリック国スペインでも、そんな恐ろしいことはせず、平和な道を歩んでいますからね


と言うわけで、アルカサールの見学をした後、旧市街に戻ってそのちょっとはずれでお昼ご飯

セゴビアの食事といったら... 🍴

もうお分かりですね

それでは次回


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posted by まいど! at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | スペイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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