2016年05月02日

ベルリンの観光名所いくつか


ベルリンの市内観光です。

ベルリンの一番の観光名所といえば、これですね。

CIMG7647.jpg



ブランデンブルク門です

高さ 26m、幅 65.5m、奥行き 11m のこの門は、もともとは街を取り囲む城壁に 18 箇所あった城門のうちの一つでした。

現在では、ベルリンとドイツの再統一のシンボル的な存在となっています。

この門が有名になったのは、ベルリンが東西に分かれて壁が出来てから。
その正面になったのがこの門でした。

こちらはウンターデンリンデン側から撮ったものですが、この門の向こう側にベルリンの壁があったわけです。

旧西ドイツ側から撮ったらこんな感じで、手前の十数センチ幅の横に伸びてる石畳が、昔の壁のあったところです。

CIMG7648.jpg



そしてこの門の向こうの方に見えるのが、戦勝記念塔と呼ばれているもの。

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この約 67m の塔は、デンマーク戦争の勝利を記念して、1864 年に作り始めました。

その後、1872 年に完成したのですが、その間、1866 年の普墺戦争、1871 年の普仏戦争と二度の戦争にも勝利したことで、もうイケイケムードだったんでしょうね

まとめてその戦争の勝利の塔として称えられていました。

当のてっぺんには金ピカの勝利の女神像がいます。

こちらは、ベルリンの壁の一部

CIMG7660.jpg



1961 年 8 月 13 日に突如として分断され、建設された壁は、その後数度となく作り替えられ、1975 年には、総延長 155km となるものになりました。

壁は市内数箇所に残されていますが、場所によって高かったり低かったり...
二重になっていたり、分厚かったりといろいろだったそうです。

冷戦中は壁を乗り越えてたくさんの人が西側へ逃げたそうなんですが、その数は 5000 人を超えていたそうです。

また、壁を乗り越えられず、殺された人達は 192 人。

逮捕された人は、3000 人にのぼります。

壁を乗り越えて射殺された最後の犠牲者は、1989 年 2 月 9 日のことでした。

同年 11 月 9 日に崩壊ということだったので、今思うと、もうちょっと待っていれば...
なんですが、当時はそんな状況じゃなかったんでしょうね。

現在は、この壁に関しての博物館なども複数あるので、ぜひ見学してみてください。

旧東ドイツの人たちが、
どんな思いで西側に移動しようとしたのか。


そして、
西側の人たちは完全に封鎖されて陸の孤島となってしまったベルリン市民をどのようにして救おうとしたのか。

一部の壁が残されていて、壊された後には石畳で線が引っ張ってあります。

CIMG7658.jpg



はい、そしてこちらが現在走っているベルリンの郊外電車 S バーン

何となく、地元を走っている京阪特急を思い出させるようなカラーリングだったので、思わず撮ってみました 📷




ちなみに車内 🚃

sbahn.jpg


夜割と遅かったので、ガラガラでした


ベルリンの鉄道の駅は、旧西ドイツ側は、

ベルリン動物園駅 ( Bahnhof Berlin Zoologischer Garten )

旧東ドイツ側は、

ベルリン東駅 ( Berlin Ostbahnhof )

がそれぞれのターミナル駅だったんだけど、統一されて両方に気を使ったのか、ちょうど真ん中あたりに、

ベルリン中央駅 ( Berlin Hauptbahnhof ) を 2006 年 5 月 26 日に開業させました。

ヨーロッパ大都市の駅では珍しく、頭端式ではなく通過式の構造です。

近代的な高架駅は、近代のドイツを象徴するものですね。


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posted by まいど! at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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