2017年10月15日

塔のへつりに立ち寄りました


大内宿を出発してどこに行こうかなと...

ちょっと戻って会津、そして喜多方でラーメン食べて帰ってもよかったんですが、あいにく雨も降ってきた ので、そのまま家に戻る方向で。

途中に、塔のへつりという観光名所があるのでそこに立ち寄りました

百万年の歳月をかけて、浸食と風化を繰り返し見事な景観を創り出した場所。

「 へつり 」 というのは、この地方の方言で、

断崖・絶壁・急斜面・川岸などの険しい道

って意味なんだそうです。

ほらね

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ちなみに漢字だと、「 岪 」 って書くそうです。

こちらが展望台から見た景色。

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様々な形をした岩は、いろいろなものに見えるということで、それぞれに名前が付けられているそうですよ。

これは世界中どこ行っても同じですね

で、せっかくなので橋を渡りました

さっき撮った展望台は右上の出っ張った部分です

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規模は小さいですが、なかなか見事な景色でした。

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南会津に来られたら、ちょっと足を延ばしてきてくださいね。

そんなに時間はかからないですから


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2017年10月14日

店が開いて賑わってきた大内宿


早朝のお散歩から宿に戻り、朝食を食べて身支度を整えて。

あ、先ほどの早朝の散歩でまだ人が来ないうちにと撮った動画 🎥 がこちら。




いい感じですねぇ

そんなわけで、ゆっくりと宿を出たら店も開いていて人も増えてきてましたよ

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先ほどまでひっそりと静まり返っていた家々も活気が出てきました

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かやぶき屋根の家並みがいい雰囲気ですね

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よく、「 江戸時代にタイムスリップしたような...」 なんて形容されたりしますが、江戸時代はよくわかんないけど、こんな感じだったんでしょうね。

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名物の蕎麦やさんも仕込み中。

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飲み物も冷やされてます。

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大内宿のお酒も購入

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こちらは山形屋さんのせんべい

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自動販売機がなかったらなぁ...

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我々はお昼のかなり前にここを出発しましたが、この後から徐々にと混んでくるそうですよ。

ゆっくりするには、朝なるべく早めに行って、お昼ちょっと早めに名物のネギそばを食べるのがいいみたいです。

というわけで、かやぶき屋根の家並みがまるまる残る村を後にして、次の目的地へ。

やっぱりこの景色が

素晴らしい...

落ち着く...

って感じるのは、日本人だからなのかな?

それとも歳取った証拠かな?


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2017年10月13日

早朝の静かな大内宿をお散歩


大内宿は、江戸時代、会津若松と日光を結んでいた 130 km の会津西街道と呼ばれる街道の会津から 3 番目の宿場町でした。

会津街道っていう呼び名は関東地方から見ての呼び名で、会津側からは下野街道 ( しもつけ街道 ) と呼ばれていました。

この街道は、会津藩や新発田藩、村上藩、米沢藩の参勤交代に使用された重要な道でした。

会津藩主松平家は、600 人規模の参勤交代という話ですが、本隊以外にも荷物運びの人足などを入れたら 6,000 人規模になったといわれています

そんな人たちがやってくるわけですから、本陣や旅籠、問屋などが設けられ、山に囲まれながらも大いに賑わっていました

一時期、大地震で西街道が 40 年間不通になったりして寂れた時期もありましたが、明治までは宿場として機能していました。

しかし、1884 ( 明治17 ) 年に新しい街道 ( 現在の国道 118・121 号線 ) が開通したために、人の流れが変わってしまいました

人は来なくなり、村は廃れ、この地は人々の記憶から忘れ去られた存在になりました

通常こうなってしまうと村は無くなってしまったりするのですが、この村は宿場客だけを当て込んでいたわけではなく、「 半農半宿 」 ということでもともと農業にも力を入れていました。

人が来なくなってしまってからも、村人はこの地にとどまり、農業と出稼ぎで生計をたてていくことになります。

村人たちの結束は固く、この村にとどまって守り続けていたんですね

そうして世間から忘れ去られたのが逆に幸いして、
現代にも江戸時代の面影が残されているという、とっても貴重な村なんです。

昭和 52 年に着工された大内ダムに伴う補償金などで村はうるおい、古臭いかやぶきの家なんか壊して、現代風の村に作り替えよう。

重要文化財なんかに指定されなくて結構

という動きもありましたが、やはりこの風景は残した方がいいということで、昭和 55 年 3 月、
大内宿は日本で三番目の、重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。

その後、保存運動にも力が入り、舗装道路を撤去し、一度トタンにした屋根をふたたびかやぶきに戻す民家も増えてきました。

そんな江戸時代の面影が残る村。

前日到着したときは真っ暗で、一応外には出てみたが、いい写真が撮れなかったので朝、ご飯前にちょこっと散歩してみました。

こちらが宿です

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ちょうど一本のメインストリートがなだらかな坂になっていて、その手前 1/3 くらいのところに宿がありました。

宿から上の方を見るとこんな感じ。

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これが宿の建物。

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いい感じでしょ?

反対側はこんな感じで。

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ちょっと山手の方へと歩いてみました。

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まだ朝の 6 時ということで、観光客の姿もなく、お店の人もまだ準備もしてなくて、ひっそりとしています。

かやぶきの家が建ち並ぶ景色、いいですねぇ

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昔は村人の飲み水として使用されていた用水路は、とても冷たくてきれいな水で、現在は飲み物を冷やしたり、うち水に使ったりとしています。

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突き当りから山の方へと続く階段があったので、上ってみました。

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この絶景、素晴らしいです

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山を歩いていて突然こんな景色に出くわしたら、
タイムスリップしたような錯覚になりますね。

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しばらく佇んでいました... 👀

そしてまた戻って、ちょうど街道の真ん中あたりにある鳥居、

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そこからちょっと道を外れて、田んぼの中を歩いていくと、高倉神社がありました。

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やっぱり神社には杉の木が似合いますね

何となく気が引き締まるような気になってしまいます。

この奥の本殿には、平清盛に反旗をひるがえした高倉宮似仁王が祀られているということです。

ではまたメインストリートに戻って。

一番坂の下まで行ったら、こんな感じで。

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というわけで、1 時間弱ほどぶらぶらとしていました。

その間見かけた人は、プロカメラマンらしき人 1 人のみ。

やっぱりこの地に宿泊していないと、なかなか早朝には気辛いですよね。

また、ここに泊まったら、だれもいないこの風景をぜひ独り占めにしてみてください

そんなわけで、宿に戻ってきたら、目の前のお店にこんなものが。

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ちなみにこの建物群、47 軒ほどあるんですが、そのほとんどがお土産物屋さんで、お食事できるところが、16 軒、民宿が 3 軒ということです。

日中はとっても賑わいますよ。

村の人たちはこの景色をずーっと保存していくということで、いろいろな決まりを作っているんですが...

個人的には世界遺産になってほしくないなぁ...って思っています。

世界遺産になったら有名になりすぎて、ものすごい人が観光に訪れてきてぐちゃぐちゃになりそうなもんで...

ちょうど、岐阜県の白川郷や富山県の五箇所村のように...


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