2015年02月19日

メテオラその他の修道院たち


では、メガロメテオロンとヴァルラーム以外の修道院を外観だけですが少し紹介してみましょうるんるん

って、全部覚えてるかなわーい(嬉しい顔)たらーっ(汗)


アギオス・ステファノス修道院です。

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本12 世紀末、隠遁者のジェレミアが生活していた場所に、14 世紀になって修道院が建設されたのが始まりとされています。

1333 年には時の皇帝アンドロニコスV世パレオロガスが訪問しています。

2 つの教会があり、1350 年に建造された教会は、ギリシャ正教らしく、派手派手な金箔を施した木彫りや壁画で飾られています。


現在は尼僧院になってるそうですよ。


そしてこちらは、もうひとつの尼僧院である、ルサヌー修道院

CIMG4662.jpg



そしてこちら...

CIMG4661.jpg



またまたヴァルラーム修道院。

角度が違うと全然感じも変ってきますね。

もっともっとたくさんの修道院を撮ったはずなんですが、なかなかうまく撮れてなくて紹介できるのはこんなもんとなりましたもうやだ〜(悲しい顔)

というわけで、たくさんの修道院を見た後、アテネに戻る長い長い旅となりました。あせあせ(飛び散る汗)


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2015年02月18日

最大のメガロメテオロン修道院


メテオラの修道院群観光、バスでたくさんの修道院を車窓から見た後、このエリア最大である、
メガロメテオロン修道院に向かいました。

ちなみに、メテオラってのは空中に吊り下げられたとか言う意味だそうですよ。

で、この修道院、すごい迫力ですぴかぴか(新しい)

CIMG4663.jpg



14 世紀に建てられたこの修道院、当初は階段なんてものがなかったので、修道士たちは、
網に入れられて上からひっぱりあげられたらしい

その次の時代には、手前の崖から向こう側までロープが張られて、
宙吊りになって運ばれたらしい

ロープがいつ切れるのか...

神を信じていたら切れない...らしいですよたらーっ(汗)

われわれは階段で近づいていきましたわーい(嬉しい顔)るんるんるんるん

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上っていったら、当時使われていたという網が...がく〜(落胆した顔)がく〜(落胆した顔)がく〜(落胆した顔)

CIMG4666.jpg



今だったら、そろそろ切れそうやな...ということで取り替えると思うんですが、
当時は切れたら取り替えるって、恐ろしや〜がく〜(落胆した顔)

この修道院の入り口に続く階段から、お隣のヴァルラーム修道院がとってもきれいに撮れます。

CIMG4670.jpg



ここは 14 世紀中ごろに隠遁者ヴァルラームが修行生活を送っていた場所で、彼の死後しばらく放置されていたが、16 世紀になってテオファニスとネクタリオスという、イオアニナの裕福な兄弟の修道士によって修道院が建設されました。

ちょっと拡大。

CIMG4671.jpg



よくまぁ、こないなとこに造りましたなぁ...

昔の人の信仰心にはすごいものがあります。

こちら修道院の中は撮影禁止なので、写真は撮っていませんが、中に続く回廊なんかは撮れたので、厳かな感じのろうそくを撮ってみました。

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こちらは修道士たちの骸骨。

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こちらは巨大なワイン樽。

CIMG4674.jpg



12,000 ℓ も入ったそうですよ。

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中のテラスから見下ろしたカランバカの町。

CIMG4669.jpg



ちなみにこんなところに修道院ができたのは...

本この地に最初の隠遁者が現れたのは、10 世紀のことだそうです。

ギリシャ正教の修道士にとって、空と大地とをつなぐ架け橋のようなこのメテオラの岩山は修業の場にうってつけだったでしょう。

彼らは岩山にできた洞窟や裂け目を自分たちの精神鍛錬の場に選んだんですね。

11 世紀に入ると集団で修道生活を行うようになります。

これが修道院の原点となって、14 世紀にはアトス山と同じ規律を持った組織が作られました。

それ以降、修道院は略奪者の侵入を許さない険しい地形に守られ、信心深い支配者の庇護のもとに発展していきました。

一時は 20 以上も建てられたのですが、その後衰退し、現在公開されているのは 5 つのみです。
                                                 
JTBガイドブックより一部抜粋


そしてこの修道院を出て、全景が見られるところに行ってみましたわーい(嬉しい顔)るんるん

あの岩の先ですがく〜(落胆した顔)

CIMG4682.jpg



こんな感じでね。

CIMG4680.jpg



一番奥が、メガロメテオロンで、右側は、ヴァルラーム修道院だったかな?

そして左下の手前のが、ルサヌー修道院だったと思います。

では、メガロメテオロンをフューチャーしてもう一枚カメラ

CIMG4676.jpg



こんな感じで、ゆっくりと見学してきました。


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2015年02月15日

デルフィの古代遺跡の神殿群


博物館であらかた説明を聞いた後...( といっても 1 時間はたっぷり聴きましたよわーい(嬉しい顔) )、その上の丘の中腹に広がっている遺跡へと行ってみましたくつくつくつ

入り口から中に入っていくと、アゴラの遺跡が。

CIMG4631.jpg



アゴラってのは、人が集まるところ → 市が建つところ

というのは以前、アクロポリスの丘のところで書きましたが、こちら、紀元前 5 〜 6 世紀に一番賑わった所ぴかぴか(新しい)

この地方で流通していた金貨・銀貨があり、その単位がドラクマと言っていました。

そうです。

ユーロになる前のギリシャの通貨の単位ですね。

お金の大きさは小指の先くらいの大きさで、その金を口の中、
舌の下に入れて持ち運び買い物をしていたそうです。

今みたいに、服にポケットもなければカバンもないし、お財布も無かった時代ですからね。

こういったお買い物をできる人たちは、市民権を持っている限られた男性のみ...だったそうでするんるん

そんなわけで、どんどん先に行ってみると、オンファロス・・・へそへ。

CIMG4632.jpg



地球の中心と呼ばれていたところで、エネルギーを出しているそうですよわーい(嬉しい顔)るんるん

しっかりとさわってきましたわーい(嬉しい顔)手(チョキ)

昔はまつりごとに使われていたそうです。

現在、ホンマもんの岩は、さっきの博物館に置かれており、こちらにあるのはレプリカだそうです。

そのまま坂を上っていくと、紀元前 5 世紀に建てられたアテネ人の宝庫がありました。

CIMG4633.jpg



ここの屋根の下の三角形の部分にあった彫刻が、さっきの博物館にあった部分です。

これ、アテネいちばんの功績を残したテセウスのいろいろな功業などが、浮彫で表されていたそうです。

この建物は 1904 〜 1906 年にフランス人によって再建された建物です。

こちらの岩に刻まれている文字、

CIMG4635.jpg



ちょっと見づらいからアップで。

CIMG4634.jpg



これ、奴隷解放のいろいろな条件やらなんやらが書かれているとか。

どこそこの何とかというものは、いついつに奴隷解放されるとか、そんな覚え書きというか、契約書というか、そんなところでしょうね。

そしてその先は、アポロンの神殿

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昔からここに神殿が建っていたそうなんですが、火事や地震で壊れ、紀元前 330 年ごろに現在のものができたと言われています。

CIMG4637.jpg



この聖なる場所で、巫女が信託を行ったとされています。

各国の王様などが重要な判断を神に仰ぐため、やって来たそうです。

神託をうける者は、お金を払って身を清め、ヤギを入り口の台の上に置きます。

そのヤギに水をかけ、ヤギが震えたらアポロンがいらっしゃるということで決行。

ヤギが動かなかったらアポロンがいらっしゃらないということで、中止となったそうです。

そして、信託が行われるとき、そのヤギを外で丸焼きにして血と油をささげます。

巫女は泉から湧き出る水で身を清め、聖なる場所に入って準備をします。

その時に、お香のようなものを焚いて瞑想状態...というか通常ではない状態になって神からのお告げを伝え、神官によってそのものに伝えられると言われています。

お香のようなもの...ま、麻薬の成分の入った何かを焚いていたのかもしれませんね。

神のお告げは結構あいまいなものだったらしく、どうとでもとれる感じだったそうで...

例えば、サラミスの海戦前の時のお告げは...

石の壁はダメ、木の壁にしなさいと。

これを、

石の壁・・・籠城はダメ、

木の壁・・・船と解釈して大勝利を収めたということで、ますます有名になっていくんだそうですね。

そんなこんなで、各地から人々が集まってきて、このデルフィは
古代の情報センターという役割も果たしていったということでするんるん

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こちらは、野外劇場

CIMG4638.jpg



演劇や音楽が催されたところですが、紀元前 4 世紀に岩盤を削って建てられました。

現在も夏場には、たまーにギリシャ劇の上演が行われているみたいですよ。

当時は約 5,000 人の観客を収容したと言われていまするんるん

というわけで、やっぱ、古代ギリシャの町ってすごいなぁぴかぴか(新しい) と改めて思った遺跡見学でした。


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